ビジネス視点からBOP市場を語る
 その1:BOP市場の特徴
 その2:ターゲット市場の特定
 その3:マーケティング・ミックス Product / Price / Place / Promotion
 その4:日本企業への提言
 その5:市場を開拓する人材要件

さて、暫く更新が途絶えていた、BOP市場に関する一連のエントリを完成させたいと思います。7年前に出版された本を題材に取り上げながら、今も昔も新興市場を開拓する際に求められる能力はそう変わらないことについて、少し書いてみたいと思います。

かつての日本的経営手法、今のMBAで学ぶ一連の経営手法も、現地の文化や慣習を理解せずに導入しようとすると、下りのエスカレーターに向かって駆け上がるかのような徒労感を感じます。

一方、現地に関して詳しい理解を得た後で、それに迎合するのではなく、その文化や慣習すら業績向上につなげるように、培った知識や技能を活かすことができる人材が求められているということについて触れたいと思っています。

国が違えばもちろんのこと、都市と地方のように地域が変わることでも、組織が異なることでも、似たような壁にぶつかることはあるのではないかと思います。いかにそれを受け入れ、自分の知見を加え、より良い形に昇華させるか。それは現代を生きる多くのビジネスパースンに必要な能力ではないかと思います。

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ここに一冊の本があります。プロが教える問題解決と戦略スキルと題された文庫で、相葉宏二氏の手により2003年に刊行された日経文庫です。

2003年といえば、中国の躍進が目覚ましく、1990年代から続く日本企業の中国進出ブームを経て、中国進出に成功した企業とそうでない企業の違いが鮮明に見え始めていた頃です。この本でもそのような時代背景をもとに、冒頭で中国に進出したはいいが、その後の展開に苦労する日本企業の姿がケースドラマとして描かれています。

簡単に内容を紹介したいと思います。

日本の大手電機メーカーであるY社は中国広東省のパートナーと白物家電の基幹部品を生産する合弁会社を設立した。社長として現地に赴任したのは北村氏。現地パートナーから副社長として派遣されてきたのは張氏。合弁会社はY社として初めての試みではあるが、北村氏は日本の本社と密に連絡を取り、了解を得たうえでものごとを進めていくことが出来れば、時間とともに日本的経営と生産システムの良さは浸透していくだろうと考えていた。

立ち上がりは順調で、生産・営業ともに短期間で大きく拡大した。北村氏は事業の拡大とともに自信を深め、生産から営業等の分野への関与を深めていった。具体的には下記3点を提案する。
  • 歩合制で動いている営業担当の固定給割合を高める
  • 人事、購買、財務に対しての詳細な報告
  • 購買面での不正、リベート支払いの停止
以上を求めたが、張氏は北村氏が現地のビジネス慣行を分かっていない。と北村氏の提案をはねのける。二人は表立って対立するようになり、北村氏のもとにはいつしか正確な情報すら入らなくなってしまった。

そうこうしているうちに、営業担当が強引な拡販を続けた結果、支払い能力に乏しい企業との付き合いが増え、資金繰りに苦労するようになった。同時に、中国に展開する日本企業からは納期と品質が不安定という理由で、取引を停止されるケースが増えてきてしまった…

このような感じの内容です。

書籍の中では北村氏に代わり海外経験が豊富な新代表が派遣され、合理的な思考と柔軟な対策を実施することによって、見事立て直しに成功するというストーリーが描かれます。フィクションではありますが、このショート・ストーリーは当時の日本企業の多くが直面していた問題を一般化したものであり、日本企業が新興国やBOPといわれる市場に進出する際に抑えておくべき多くの学びが内包されているように感じます。



■足りなかったものはなにか

さて、北村社長に足りなかったものは何なのか考えてみたいと思います。

このケースドラマで面白いのは、北村社長の3つの提案には、きちんとした根拠があり、一方的に非難される内容のものではないことです。以下に、北村社長の提案と提案の根拠、そしてそれに対する中国側の反論を整理してみました。

china

この図をみると、北村氏に足りなかったものが何か見えてきます。この事例からは、北村氏に

  • 現地の文化、社会、商慣習への理解の不足
  • 現地の文化、社会、商慣習を踏まえた上での解決策の立案能力の不足
  • 経営に関する意思決定能力
といった能力が不足していたことが見てとれます。

商習慣への理解の不足が、日本的な経営(=北村氏が学んできたやり方)の押しつけにつながり、それが不信感や反発を招きました。また、細かく本社に報告して意思決定を自らがしないやり方も、経営スピードの低下とリーダーシップに対する不安を招いたと言えます。

北村氏に現地の商習慣や価値観についてアドバイスすべきガイドの存在が不足していたことも問題を悪化させた一因と言えるかもしれません。

いずれにしても、北村氏は将来起きうる問題をある程度予見していたにも関わらず、文化や商習慣への理解と応用する能力が足りなかったために、下りのエスカレーターを駆け上がるはめになってしまったのです。


■新たな市場を開拓する人材要件

さて、このケースドラマで、北村氏の代わりに派遣されてきた代表は、現地の商習慣や価値観を理解したうえで、それを業績向上と問題解決につなげるような柔軟な策を次々とうっていきます。例えば、

  • 歩合給を売上ベースではなく、代金の回収ベースで行う。
  • リベートを公に認めた上で、実態を記録し、金額の適否を判断する。
  • 生産ラインの人材評価を改め、引きぬかれやすい職能の人材には高給を提示。
  • 不正を行った人材には例外なく処罰する。

といった具合です。問題を解決し、成果をあげることで、現地の人材の信頼を得ることもでき、経営がどんどん良くなっていきます。

フィクションなので、良くできた作り話と言えばそれまでなのですが、このケースドラマには、新興市場で成功するために抑えておかなければいけない要素がたっぷりと盛り込まれていることは間違いないと思います。

北村氏は、固有の文化や商慣習を持った国に対して、それを理解する努力を怠ったまま、エクセレントと言われていた日本的経営のやり方を導入しようとして失敗しました。これは、日本的経営ではなく、欧米的な経営のあり方(MBA的合理精神とでも言えばよいだろうか。)であっても、それを押しつける形であれば失敗することを暗示しています。

また、同様にこれは国内と海外の問題だけではないと思います。同じ日本企業であっても、文化の異なる組織に入り、その組織特有の文化や習慣を理解せず、強引にものごとを進めると失敗する可能性は高いと言えるのではないでしょうか。

もちろん痛みを伴う断固たる変革のリーダーシップを発揮することも時には必要です。ポイントは。単にゴールを達成するために最も効率のよいやり方を採用すればよいだけであって、手法や考え方にとらわれる必要はないということなのではないかと思います。

ますます多様化が進む世界、組織、人を相手にするビジネスパーソンに求められるのは、多様な文化や社会、価値観への理解とそれをビジネスに活用、応用する力なのではないかと思います。

多様性への理解や共感はできるものの、ビジネスに応用することができなかったり。一方で、ビジネスで剛腕は発揮するものの、多様性への理解や共感の能力は乏しかったり。今はまだそういう人も多いのではないかと思います。