ビジネス視点からBOP市場を語る
 その1:BOP市場の特徴
 その2:ターゲット市場の特定
 その3:マーケティング・ミックス Product / Price / Place / Promotion
 その4:日本企業への提言
 その5:市場を開拓する人材要件

今回はBOP市場でマーケティングに取り組む際に抑えておかなければならない要素を、Place(流通)及び、Promotion(販促)の観点から見て行くことにしたい。

BOP市場で効果的に機能する流通、販促の構造を作ろうとした場合、BOP市場の消費者をそのプロセスの中に巻き込む必要が出てくる。この「巻き込む」こと、及び「巻き込む資質・能力」に秀でた人材の確保の重要性は、ネクスト・マーケットチェンジメーカーといったBOPビジネスや社会起業に関するバイブル的な書籍の中で繰り返し述べられてきたことではあるが、「巻き込む力」とはどのようなものか。どのように「巻き込めばいいのか」イマイチわかりにくい。

そこで、今回はPlaceやPromotionのプロセスの中に、どうBOP市場の企業や、消費者や、行政が巻き込まれていったのか、具体的に紹介しながら、PlaceとPromotionのポイントを解説していくことにする。


■Place(流通)

BOP市場で効率的なサプライチェーンを築くために必要なこと。それは下記の3点だ。

  1. 資本を巻き込む
  2. 人を巻き込む
  3. 行政を巻き込む

1)資本を巻き込む

前回書いた、低コストでの生産体制を強化する。と関係するが、土地や設備など現地で調達したほうが有効なものを積極的に探し、活用することが大切だ。それは中長期的に見れば、BOP市場で雇用と消費を生み出すことにつながる。

ブラジルの小売チェーン、カサス・バイアは先進国における同業と異なり、サプライチェーンを合理化し、運転資本を抑えつつ、在庫回転率を上げることをそれほど重要視していない。代わりに大規模な倉庫を持ち、莫大な量の製品を低コストで仕入れることに骨をおっている。低コストで土地を確保出来るという特徴を強みとして活用している好例だ。これは、決められた時間に決められた製品を届けることを可能にしており、顧客サービスの面でも効果的に機能している。

上記は土地という資本を巻き込み強みに変えた例だが、土地以外にも現地の企業や工場、輸送手段など、コスト削減とサービス向上に役立つ現地の資本を巻き込んで行く姿勢が重要だ。

2)人を巻き込む


巻き込む必要があるのは、資本ばかりではない。BOP市場の消費者を流通プロセスに巻き込めるかどうかが重要だ。

HLL(ヒンドゥスタン・リーバ・リミテッド)が抱える大きな課題は、数億人の人口を抱えるインド農村部の半数以上に車が通れる道がないことだった。洗剤や塩といった家庭用品を最終消費者に届けるために、HLLはシャクティ・アマと呼ばれる販売・流通組織を構築した。シャクティ・アマは農村部に住む起業家精神に富んだ女性たちで、彼女らはHLLにお金を支払い、教育を受け、商品を仕入れ、近隣の農村に販売する。自動車が通れない道に対しては徒歩やスクーターを用いる。彼女たちの活躍によって、HLLは農村部に大きな市場を築くことに成功した。

こういった最終消費者に到達するためのラスト数マイルの流通は、BOP市場に雇用を生み出すという意味でも現地の教育・販売に寄与するという意味でも大変効果的な取り組みとなる。

巨大倉庫を保有し、仕入れ値を抑えることに成功しているカサス・バイアも、商品を配送する配達員は自社で雇用している。すべての配達トラックに、運転手1名と助手2名が乗車し、定められた日時に正確に荷物を届ける。配達員は厳しい教育を受け、礼儀正しく、清潔で、常に商品を慎重に扱う。こういった行動のひとつひとつが顧客との信頼を築き、リピートを促す要因となっている。運転手の離職率は3~4%と非常に低い。

システムではなく、人に投資し、顧客の信用と信頼を勝ち取ることは、商習慣に未整備な部分も多い、BOP市場で成功するための重要な要素のひとつといえる。


3)行政を巻き込む


以上のように、資本と人を巻き込むことができれば、行政を巻き込むことが可能になる。行政に関しては不信感を持つ地域もいるが、強い影響力を持つ行政機関もある。

前述のHLLは、パイロット地域でシャクティ・アマの募集と育成、販売体制を確立した後、地方を監督する行政機関にアプローチした。シャクティ・アマが地域経済に貢献した影響をまとめ、行政に協力を仰いだ。行政はそれに応え、まだHLLが入り込んでいない農村部の中からシャクティ・アマの候補となる人材を選び出し、仲介する活動を行った。


■Promotion(販促)

BOP市場での販促のキーワードは次の3つだ。

  1. マス広告
  2. 個人エージェント
  3. クチコミ:互助グループ

このうち、プロモーターとクチコミに関しては、Place(流通)同様、いかに人を巻き込むか。が重要になる。

1)マス広告

前述のカサス・バイアは売上高の3%を販促費に回している。これはブラジルで最大の広告額(2003年)となっている。この、3%という売上高広告比率は、日本企業とほぼ同等の水準といえる。

2008年業種別広告費(広告図書館)


人口が集中し、メディアが発達している都市部ではマス広告は一定の効果があると思われる。


2)個人エージェント

前述のHLLのシャクティ・アマや、前回ご紹介したセメックスのプロモーターは特定の企業の商品の販売を委託され、教育訓練と、成功報酬を受け取る個人エージェントといえる。エリアで信用・信頼されている人物をエージェントとして選ぶことで、企業側は地域の信用・信頼と商品の利用法や価値を教育する機能を商品の売り手とともに得ることができる。

これは大変有効な販売促進手段であるが、組織を作り、教育訓練を施すのは大変根気のいる作業だ。また、特定のエリアに競合商品の販売エージェントがいる場合は、進出の障害となるケースも少なくない。


3)クチコミ:互助グループ

最後の販売促進手段は、クチコミだ。クチコミはもっとも効果的な販売促進手段である。故にBOP市場で成功している企業は、前回紹介したITCのサンチャラクやHLLのシャクティ・アマなど、地域のコミュニティの中心人物を慎重に選び、クチコミが自然発生するように設計している。

この場合も重要になってくるのは信用・信頼だ。購買力に限りがあるBOP市場の消費者は、買い物に非常に慎重だ。一度BOP市場の消費者の期待を裏切ると、次の購入には繋がらない。故に、企業はエージェントや配達員など、地域の消費者と接する人物を慎重に選ぶ必要がある。

商品の性能はもちろん、個人エージェント(HLLのシャクティ・アマやセメックスのプロモーター)や教育者(ITCのサンチャラク)、配達員(カサス・バイア)など消費者と直接接する人材を慎重に選び、教育する。彼らは企業にとっての広告塔であり、信用・信頼の証である。

また、クチコミが効果的に広まるように、互助グループを作ることを促す場合も少なくない。これは高価格の商品を購入するための数人からなる助けあいのグループだ。

セメックスでは、セメントを購入するためにソシオと呼ばれる3人のグループを形成する必要がある。このグループを形成するという活動は結果的にクチコミが広まるのを助ける。また、グループ内で生まれる人間関係は、相互に支払いの規律を守り、緊急時に助け合うことを促進する。


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以上、マーケティング・ミックスの視点からBOP市場を開拓するにあたって注意すべき点を整理してきた。
次回は日本企業への提言、という形で日本企業がBOP市場で成功するために意識しなければならないことをまとめてみようと思う。

日本のメーカーの商品はBOP市場でもブランド品として出回っているという。品質ではトップクラスという認識が得られていることだろう。しかし一方で、BOP市場の消費者には手が出ない価格帯の商品も多いと思われる。コストを下げ、高品質で現地にあった財・サービスをどのように提供していくか。が一つのキーワードになるだろう。

また、「巻き込む」という活動がキーワードで出てきたが、真の意味で現地の人や企業、行政を巻き込めている企業がどれぐらいいるのかは大変気になるところだ。東欧やロシア、東南アジアに進出したIT企業などは業績を伸ばしていると聞くが、それらは労働コストの安い土地でサービスを開発し、日本に売るという、工場の海外移転のモデルと変わらない。

合弁会社をつくり、現地に根をはろうとする取り組みも多く見うけられるが、問題に直面していないだろうか。BOP市場を「巻き込む人材」は育成できているのだろうか。そういう視点から分析出来ればと思う。


※追記

3月18日、19:00から僕が所属しているGIFTという団体の活動の一環として「ソーシャル・イントラプレナー養成講座」を実施します。ソーシャル・イントラプレナーとは、企業内にいて社会問題の解決を目指す社内起業家のこと。BOPビジネスに限らず、21世紀は社会問題を解決するような商品、ビジネスモデルの構築が、利益に繋がる時代がやってきました。

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