AmazonがKindleの電子書籍に関して印税を35%から70%に引き上げるという発表をした。クリエイターにとっては戦略の幅が広がるし、収入源も多様化する。出版業界にとっては脅威極まりない話ではあるが、多くのクリエイターにとってはありがたい話ではないだろうか。

しかし、この時期にAmazonが印税を35%から70%に引き上げるという発表をしたことに関しては、国際競争の厳しさと、その怖さみたいなものを同時に感じたことも事実だ(AppleのタブレットPCの発表に先んじてぶつけてきたように思う)。きっかけはこの記事。赤字がエントリ主が警鐘を鳴らしている部分だ。


fladdict:Amazon70%印税ルールの各条項を深読みする
・KindleとKindle Storeの全オプション(Text to Speech等)を受け入れなければならない。このオプションは将来的に拡張される場合がある
正直によめばText To Speech対策。オーディオブック著作権者と全米盲人協会からの、板ばさみ状態の現状を脱出するための条文。個人的にはこの条文が毒入りケーキの毒の部分。 この条文を受けいれた瞬間に色々なものにサインすることになる。将来Kindleがオンデマンド印刷や全文検索、書籍前半30%の無料試し読みをしようが、すべて同意したことになる。

・その本の販売価格はAmazonが最安値(あるいは他の競合と同価格)でなければならない。
競合殺し条文。今度はプラットフォーム戦争用の毒。 今後Appleなりソニーなりが、まったく新しいデバイスやビジネスモデルを考えたとしても、出版社がそれを導入することが非常に難しくなる。 価格競争で他の陣営につけば、世界でもっとも売り上げの上がるストアでの印税率が70%から35%にストンと落ちることになる。(中略)
この条文にもう1つ、トラップがあることに気づいた・・・。この条文のキモは、条文1「書籍の価格帯は$2.99~$9.99」との組み合わせだ。 70%ロイヤリティを取得する為には、iTunesストアで同書籍の販売で、最頻度価格帯である$2.50以下での販売を放棄しなければならない。 つまりiTunesストアでの価格競争アドバンテージを完全に失う。iTunesにおいて$2.50以下で販売した場合、Amazonでのロイヤリティは35%に制限される。これは完全な踏み絵だ。

この戦略の奥深さには舌を巻く。
あくまでクリエイターが35%よりも70%の印税が望ましい。と思う限りに関してではあるが、
  1. コンテンツの利用、販売形式に関してAmazonに裁量権を渡す
  2. 競合の進出を防いでいる
この2点を実現している。世界最大の流通網を持つAmazonがその巨大な力で、クリエイターとコンペティターを完全にコントロール下に置いているのだ。(しかも、クリエイターにとって悪い話ではない。)

僕はAmazonを非難する気はない。素晴らしい戦略だと思うし、何よりKindleユーザー、クリエイター双方にメリットがある。(独禁法等に抵触しないか気にはなるが、もちろん問題にならないようにルールを定めているのだろう)

僕が主張したいのは、これからの日本企業はこういった相手と競っていかなければならない、ということだ。( 参考:日米のIT企業の規模比較


日本の市場規模は大きい。国内市場を相手にするだけでも現在は十分な成長が出来る。しかし、これからは(既に遅きに失した感もあるが)IT企業も最初から世界を視野に入れたサービス設計をしなければ、世界の競争から取り残されてしまうだろう。その上、日本は国内の権利者団体にも足を引っ張られている。

自費出版の時代 - 池田信夫 blog
ソニーも「デイリーエディション」という新端末で、この分野の主導権を取ろうとしているが、現状のままではは国内販売できないというハンディキャップを抱えている。文芸家協会などの反対で、ソニーがプラットフォームとしているGoogle Booksが日本では使えなくなったからだ。
このような状況に関して、GREEの田中社長が危機感を語っている。
「このままでは日本のネット業界は危ない」 グリー、プラットフォーム戦略の狙い

プラットフォーム戦略を「オープン化」と呼ぶと「本質を見失う」と田中社長は言う。「日本でSNSのオープン化と言えば、ゲームアプリが増えるというイメージの小さな話になってしまいがち。だが本質はそうではない。」(中略)
「mixiアプリで日本メーカーは一度敗戦している。そこだけで負けがとどまる理由がないと思う。世界を意識しないと、日本からSNS産業がなくなってしまう」
プラットフォーム戦略は、流通を支配することで大きな利益を手に入れるとともに、クリエイターとユーザーの活性化を促し、市場そのものを拡大する。国内のIT企業がプラットフォームを制した事例はまだないが、世界で戦う企業になるためにはこの壁を乗り越えることが必要だ。

インタビューの中で田中社長は多くを語っていない(語る必要もない)が、AmazonやGoogle、Appleのように世界市場を抑え、コントロールしようという野望があることは明確だ。GREEには世界を視野に入れ、勝負してもらいたいと思う。GREEに続く多くのIT企業が出てくることを心から願う。