NHKの『坂の上の雲』が面白い。後半の日露英雄物語になってから読めばいい、という人もいるが前半の明治の若者達のイキイキとした姿が描かれているからこそ、単なる戦争モノで終わっていないのだと思う。
何故、これほどまでに『坂の上の雲』が好まれているのか。それは、明治に生きた少年達、そして日本という国そのものの成長の物語だからだ。
それはさておき、第二話の最後のシーン。フランスに留学した青年秋山好古が、日本騎兵の設立を国家から一任されることになる場面。人材不足の国故に、若者に特定の分野の責任を任せるしかない。という状況説明の後に、「これが明治という時代の面白さであった。」というナレーションで締めとなる。この最後の部分に感動して泣いた。という人が男女問わず僕の周囲で多かった。(僕自身は、好古がフランス行きを決心し、答える場面が一番の涙シーンだった。賛否両論あるところだと思うが。)
この部分に関して自分なりに思うところがあったので、少し整理してみようと思う。
今の混迷の時代を、明治に例えて表現する人は多い。これまでのルールが通用しなくなっている社会なので、確かに明治に似ている。似ているからこそ、僕は歴史に学び、自分自身の生き方を変革するフェイズに多くの人が差し掛かっているのではないかと思う。
歴史はとても面白い。時代時代によって、新しいルールが創られるものの、変わらない原則も確かに存在する。
「明治の頃は良かったよなー。何かの分野で身を立てれば、たちまちその分野の権威だぜ。」「明治の時代と今の時代は違うから。」坂の上の雲を見て、そう思った人もいるだろう。たしかに、明治の頃と違い、今は政治の世界も、官僚機構も、企業も、学問の世界も、若者の前には老人達が群れをなし、「出世コース」という名のエレベーターの順番待ちをしている。世の中は一見、閉塞感に溢れているように思える。
では、明治のように若者がその分野の第一人者となり、身を立てるチャンスはないものか。
もちろん、そんなことはない。
早くに気付き、その分野で身を立てるべく人よりも努力した人だけが、その道の権威となっている。
例えば僕は、こう考える。
明治の時代の、秋山好古や正岡子規のような人たちの生き方から本当に本質的なものを抽出したら何が残るか。
それは、
「先人がいない分野で勝負する」
これに尽きるだろう。と。
思えばいつの時代もそうで、昭和初期には「卑しい職業」とされていた電通や博報堂が今は押しも押されぬ大企業になっている。2000年前後のネットバブル期に起業し、生き残った人々が、ネット界のリーディングカンパニーとなっている。
まるっきり新しい分野でなくても良い。既存の分野の周辺にある新しい分野を開拓すればそれでいい。
最近は、社会起業家という言葉が流行っているが、これも考え方次第では、新しい時代への変化を読み取り、その分野でリーダーとならんとする潜在的な野心家達が動いている、とも言える。(今は、ネットバブル期同様に玉石混淆だ。)そして、勝間和代氏や、(最近、元気ないけど)神田正典氏なんかは、個人として生きる生き方を示しているし、多くのプチ起業家やセミナー講師の範となっている。池田信夫氏は、新しい時代の学者やオピニオンリーダーの生き方を示していると言えるだろう。
もし自分にちょっとした力があるのなら、時代の変化に乗っかり新しい分野を開拓する生き方をしてみたらいいんじゃないかと思う。それはとても孤独な道だけれど、その孤独を乗り越えた後に新しい道が広がっている。明治の時代も今も、チャンスは同じように溢れているし、同じように不透明だ。
特定の分野でエレベーターの順番待ちをしなければならない状況は現代の「身分制度」とも言える。スタートラインに立てるかどうかは、身分ではなく能力で判断される、という意味では、救いはあるが、権威と政治が支配するそれ以降のプロセスは一緒だ。何か本当に価値を残そうと思ったら、どこかで「身分制度」を乗り越えるジャンプをしなければならないと思う。
もちろん、ジャンプしない。という決断をする生き方もいい。維新の頃も、小栗上野介のように、世界に誇れる優秀な人が体制側にも存在した。自分がどっちの道のほうがあっているか、見極めてチャレンジすればいいと思う。
一番問題なのは、自分の力が発揮できないことを環境のせいにすることだろう。明治の時代も今も、チャンスは等しくある。きっと、今のほうがチャンスは多い。それを掴み取る努力を本気でしたかどうか。それだけが問われる時代だ。
政治の世界でも、経済の世界でも、アートの世界でもいい。
既存のルールからほんの少し外れたところに、いつもチャンスは眠っている。
自分が勝負できる(勝負したい)先人のいない分野はどこか。
考えてみることが人生の変革を促す最初の一歩となる。
何故、これほどまでに『坂の上の雲』が好まれているのか。それは、明治に生きた少年達、そして日本という国そのものの成長の物語だからだ。
それはさておき、第二話の最後のシーン。フランスに留学した青年秋山好古が、日本騎兵の設立を国家から一任されることになる場面。人材不足の国故に、若者に特定の分野の責任を任せるしかない。という状況説明の後に、「これが明治という時代の面白さであった。」というナレーションで締めとなる。この最後の部分に感動して泣いた。という人が男女問わず僕の周囲で多かった。(僕自身は、好古がフランス行きを決心し、答える場面が一番の涙シーンだった。賛否両論あるところだと思うが。)
この部分に関して自分なりに思うところがあったので、少し整理してみようと思う。
今の混迷の時代を、明治に例えて表現する人は多い。これまでのルールが通用しなくなっている社会なので、確かに明治に似ている。似ているからこそ、僕は歴史に学び、自分自身の生き方を変革するフェイズに多くの人が差し掛かっているのではないかと思う。
歴史はとても面白い。時代時代によって、新しいルールが創られるものの、変わらない原則も確かに存在する。
「明治の頃は良かったよなー。何かの分野で身を立てれば、たちまちその分野の権威だぜ。」「明治の時代と今の時代は違うから。」坂の上の雲を見て、そう思った人もいるだろう。たしかに、明治の頃と違い、今は政治の世界も、官僚機構も、企業も、学問の世界も、若者の前には老人達が群れをなし、「出世コース」という名のエレベーターの順番待ちをしている。世の中は一見、閉塞感に溢れているように思える。
では、明治のように若者がその分野の第一人者となり、身を立てるチャンスはないものか。
もちろん、そんなことはない。
早くに気付き、その分野で身を立てるべく人よりも努力した人だけが、その道の権威となっている。
例えば僕は、こう考える。
明治の時代の、秋山好古や正岡子規のような人たちの生き方から本当に本質的なものを抽出したら何が残るか。
それは、
「先人がいない分野で勝負する」
これに尽きるだろう。と。
思えばいつの時代もそうで、昭和初期には「卑しい職業」とされていた電通や博報堂が今は押しも押されぬ大企業になっている。2000年前後のネットバブル期に起業し、生き残った人々が、ネット界のリーディングカンパニーとなっている。
まるっきり新しい分野でなくても良い。既存の分野の周辺にある新しい分野を開拓すればそれでいい。
最近は、社会起業家という言葉が流行っているが、これも考え方次第では、新しい時代への変化を読み取り、その分野でリーダーとならんとする潜在的な野心家達が動いている、とも言える。(今は、ネットバブル期同様に玉石混淆だ。)そして、勝間和代氏や、(最近、元気ないけど)神田正典氏なんかは、個人として生きる生き方を示しているし、多くのプチ起業家やセミナー講師の範となっている。池田信夫氏は、新しい時代の学者やオピニオンリーダーの生き方を示していると言えるだろう。
もし自分にちょっとした力があるのなら、時代の変化に乗っかり新しい分野を開拓する生き方をしてみたらいいんじゃないかと思う。それはとても孤独な道だけれど、その孤独を乗り越えた後に新しい道が広がっている。明治の時代も今も、チャンスは同じように溢れているし、同じように不透明だ。
特定の分野でエレベーターの順番待ちをしなければならない状況は現代の「身分制度」とも言える。スタートラインに立てるかどうかは、身分ではなく能力で判断される、という意味では、救いはあるが、権威と政治が支配するそれ以降のプロセスは一緒だ。何か本当に価値を残そうと思ったら、どこかで「身分制度」を乗り越えるジャンプをしなければならないと思う。
もちろん、ジャンプしない。という決断をする生き方もいい。維新の頃も、小栗上野介のように、世界に誇れる優秀な人が体制側にも存在した。自分がどっちの道のほうがあっているか、見極めてチャレンジすればいいと思う。
一番問題なのは、自分の力が発揮できないことを環境のせいにすることだろう。明治の時代も今も、チャンスは等しくある。きっと、今のほうがチャンスは多い。それを掴み取る努力を本気でしたかどうか。それだけが問われる時代だ。
政治の世界でも、経済の世界でも、アートの世界でもいい。
既存のルールからほんの少し外れたところに、いつもチャンスは眠っている。
自分が勝負できる(勝負したい)先人のいない分野はどこか。
考えてみることが人生の変革を促す最初の一歩となる。














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