誰にでも忘れられない思い出はある。
ましてや、それが高校時代のスポーツの思い出であればなおさらだ。
僕の場合、人生に一番の影響を与えたのは、あの夏のインターハイ予選だった。


----


つい先日、富山青年会議所(富山JC)の合宿に参加するハメになった。
合宿の中心は、「プレゼンテーションスキルの磨き方」で、これは思った以上に良い内容だったのだけれど、その研修の中の小さな模擬演習に、

「自分が今まで生きてきた中で一番嬉しかった思い出を1分で話しなさい。」

というものがあった。
マインドマップを活用したりして、うまく1分で話がまとまるように内容をまとめるのだけど、
僕は何を勘違いしたか、「初めてのエッチ」というタイトルでマインドマップ、及びプレゼン内容をまとめてしまった。

すっかり話す気まんまんで準備をしていたのだけれど、
最初にプレゼンターとなった方が話されたのが、

高校時代の陸上部で参加した駅伝の大会で、
(自分は怪我で参加出来なかったけれど)後輩が頑張ってくれて優勝した。

という話だった。

これがまた、非常に良い話で、僕も思わずもらい泣きした。
そして同時に、僕の中に自分の人生を変えたといってもいい、あの夏の出来事が
急に鮮やかに思い出されたのだ。


----


僕は体も細いし、そんなに運動神経も良くないのだけれど、
祖父が偉大な柔道選手だったこともあって、祖父ちゃん子だった僕は小学校1年から柔道をしていた。
最終的には大学3年まで続けたので、15年間は柔道に取り組んだことになる。

高校でももちろん柔道部に入った。
高校はいわゆる県内有数の進学校で、一部のスポーツは非常に強いけれども、
柔道はなんというか、もう練習もそんなに真面目にしないし、ある意味廃部寸前の状態だった。

進学校の柔道部で、しかもそんなに強くないとこれはこれでみじめなのもので、
まぁなんというか、強豪校からはゴミのような目で見られたりする。

僕と同時期に柔道部に入ったのは何人かいたけれど、僕ともう一人、後に主将になるMという男が
中学での実績もあり、1年次からレギュラーだった。

例え弱小校でも中学での実績があり、真面目に練習を続ければ
(僕たちは3~4人、いつも同じ顔ぶれで練習をしていた。)
それなりに、勝てたりもするもので、団体戦ではいつもベスト16には残る強さ。

本当はベスト16から上にもいけたのだろうけれど、
ベスト16の段階で、いつも3-2で負ける。ポイントをとるのは僕ともう一人、未来の主将のMだ。

これは1年の時からそうで、かつては実績もあった先輩たちが、練習もそんなにしないようになり、
早々に負けて帰り、あと一歩のところでベスト8に進めないのを非常に悔しく思っていた。

--

しかし習慣というものは怖いもので、
いつしかそのような状況にも慣れ、3年になり、僕は副主将、Mは主将になった。
ベスト16どまり。スコアは3-2。

どちらかというと、僕はお調子者で盛り上げ役。
「いつもと違った形で練習しようぜ~」といっては、面白い遊びを考えつくタイプだった。

Mはまぁそんな僕に合わせてくれていたけれど、
最後には黙って自分の責任を果たす男で、練習もきちんとやって帰る男だった。

--

それなりに充実した柔道人生をあゆみ、最後の大会になる。
ベスト16の時にあたったのは、昨年インターハイに出場している強豪校だ。

まぁ、正直僕は負けたと思った。
僕の相手は、僕の2倍以上体重があり、130kg越えの巨漢だった。
知らぬ間に、自分のゴールを、「いい戦いをする。」に変えた。

先鋒で出た1年生は早々に負け、次鋒の僕が出る。
いい戦いをしたいところだったが、開始57秒。あっさりと潰され負ける。
不思議と悔しさはなかった。

----

中堅も負け、副将戦になる。副将として出るのは、主将のMだ。
(今日は5-0で負けるな。まぁ、それもしょうがない。)
本当にそう思った。

Mも70kg程度で、体格は僕とそんなに変わらない。
相手は110kgあり、動きも俊敏な県の指定強化選手。


勝ち目はない。
あとはどれだけ、いい勝負をしてくれるか。
それだけ。

試合がはじまる。

1分‥1分30秒。
いつ投げられてもおかしくない、強烈な技を、Mは何故か耐える。受け流す。
相手のチームから、ヤジが飛ぶ。
「そんなやつ1分以内に片付けろ。」と。
当然の意見だ。

何故か、相手の攻めが単調になり、焦りから技が大振りになりはじめる。
2分過ぎる。

相手が内股をかけたところ、Mは巧みにそれを返し、逆に投げる。
きれいな1本だ。

誰が見ても、その瞬間に勝負が終わったことがわかる、それほどの技をMはかけた。
僕は自然と涙が出た。

その後、試合は4-1で負けた。

しかし、僕は誇らしかった。
同時に、自分が恥ずかしかった。

----


僕と彼との間にあった違いは何なのだろう。
困難な状況に直面したときに、いつもあの試合のことを思い出す。

諦めない気持ち‥。それは大事かもしれない。
でも本当に大切なのはそれではない。

僕が、少し気を抜くときに、彼はいつもの自分のやるべき仕事をやっていたのではないだろうか。
見えないところで、黙々と努力していたのは彼ではなかったか。


努力したからといって奇跡がおこるとは限らない。
しかし、ごくまれに、努力した人にだけ奇跡がおこることがある。


あの夏の日、確かに僕の中で何かが変わった。