地下にあるバーは、古い銀行の金庫室を改装したものらしく、壁には小さなダイヤルと鍵穴がついた貸金庫が数多く埋め込まれている。磨き抜かれた表面が電球の明かりを受けて、店内をぼんやりと金色に彩っている。

「まるでルパンになったみたい。」
「ホントだ。コインに囲まれているみたいだね。」

彼女はカウンターに座り、隣に僕も腰掛ける。背の高いバーチェアーは彼女に凄く似合う。
僕はドラフトビールを頼み、彼女はジンライムを注文する。

「銀行の金庫室って、ホントにこんな感じなのかしら。」
「どうなんだろう?何かの映画で見た、スイスの銀行の金庫室はこんな感じだったけど。」

こんな小さな金庫に、何をしまっておくんだろう。
札束なんかは無理だろうから、何かの株券や証書をしまっておいたんだろうか。
そして富豪の老人や、若くして成功した企業家達が、一年に一回ぐらい、鍵を開けて、中身を見て楽しむに違いない。

ドラフトビールとジンライムが届き、僕たちは目と目を合わせてささやかな乾杯をする。

「僕は金庫なんて持っていても、意味がないな。」
「そう?どうして?」

「時々取り出して眺めるような宝物なんてもってないから。」
「あら、金庫にしまうのは宝物ばかりじゃないのよ。」

「あ、そうなんだ。何をしまうの?」
少し意外な気がする。金庫って、貴重なものをしまっておく場所じゃないのか?

「昔は宝物をしまっていたこともあったかもしれないけれど、今は、妬みとか、嫉妬とか、裏切りとか、傷ついた過去とか。人にみられたくないものを主にしまっておくの。そして時々取り出してみては、犯した罪を確認し、後悔するのよ。」

僕は少しだけ、過去の自分を思い出し怖くなる。あまり人には知られたくないこと…。確かにたくさんある。彼女もそうなんだろうか。目の前のランプの明かりが狂ったように部屋中に反射する。

「あぁ、あるね。」
「あるのよ。」

「だから、人は泥棒を恐れるのか。」
「きっと、そう。」

「仮に盗み出す人がいたらどうなるんだろう。」
「わからない?」

「うーん。怒り狂う…かな?」
「同姓だったらそうかもね。」

「異性だったら違うの?例えば君と僕だったら」
「当たり前じゃない。」

「異性だったら、どうなるの?」
「ちょっと自分で考えてみなさいよ。」

僕はドラフトビールを飲み、彼女はジンライムに口をつける。頭が働かないのはアルコールが入っているせいじゃない。そもそも僕は酒には強いほうなんだ。


考え事をしていると、喉ばかり渇く。
グラスはすぐに空になり、僕はドラフトビールを頼む。

いつもこういうときに、気の利いた答えが返せたら。と思う。
たまに、気の利いた答えを思いついたと思ったら、だいたい外している。いつもそうなんだ。
そして僕は、ますます話すことに臆病になる。


「異性だったら、恋に落ちるの。」
諦めたように、彼女が話しはじめる。


「まさか。そんなはずはないよ。」
「私だってそうじゃないと思いたいわよ。けどね、そういうことになってるの。上手な泥棒はすごいのよ。思わず心を開いて、絶対話したくないと思っていたことを話しちゃうの。泥棒はゆっくりと金庫の正面に立って、扉をノックする。もちろん金庫に鍵なんてかかってないの。」

「そういうものかな。」
「そういうものなのよ。」

僕はドラフトビールを飲み、彼女はジンライムに口をつける。

「泥棒にそっとしまっておいたものを話しちゃって、後悔はしないの?」
「上手な泥棒だったら後悔はしないわね。そうじゃなかったら、金庫にしまっておきたいことがひとつ増えてしまう。」


考え事をしていると、喉ばかり渇く。
グラスはすぐに空になり、僕はドラフトビールを頼む。
上手な泥棒には当分なれそうもない。