個人が持つ強みを伸ばし、弱みを補完する組織が良い組織だと言われるけれど、現実にはそういう組織は多くない。トップマネジメントが企業戦略を決定し、各部門のマネジャーが担当分野の戦術を担当し、入社して10年は一担当(プレイヤー)として動くのが当たり前となっている組織も多いと思う。

このような組織には、ひとつ大きな問題がある。それは、プレイヤーとして成果を挙げなければマネジメントの分野にいけず、マネジメントの分野で成果をあげることが出来なければトップマネジメントの分野に行けないという問題だ。

management

優秀なプログラマや優秀な営業、研究者が、優秀なマネジャーになるとは限らない。しかし未だ多くの組織では、プレイヤーとして優秀な成績を残さなければマネジメントの地位に上がることが出来ない場合も多い。

同様に、マネジメントに求められる能力とトップマネジメントに求められる能力もまた違う。これもマネジメントとして成績を残さなければ、トップマネジメントに行くことが出来ないのは(組織の可能性を120%引き出さないという点で)残念なことだ。


年功序列型の組織で、高度経済成長下であれば、マネジメントの地位までは登ることができたかもしれない。しかし、トップマネジメントに登るためにはやはりそこで成績を残さなければならない。

経済が停滞をはじめ、部分的に成果主義を導入した企業はより悲惨かもしれない。戦闘面(プレイヤー)で成果を残さなければ、戦術面(マネジメント)にすらいけないだろう。

こうして、戦略立案や戦術運用に適した人材を新卒で採用したとしても、彼らをプレイヤーとして扱っているうちに、彼らが持っていたせっかくの資質を腐らせてしまう。

同様に、戦闘面で輝かしい成績を残した人材を、マネジメントに迎えてダメにしてしまうケースもあれば、マネジメントやトップマネジメントの能力に欠け、その力を磨いてもいない人材をその地位につけることによって、組織の成長を阻害してしまう場合もある。

それでも、戦略立案や戦術運用に適した人材を採用することができればまだ将来に向けて可能性は残るのかもしれない。しかし、実際は出来ないケースが大半だ。

戦略立案や戦術運用に長けた人材を欲しいと述べる採用担当者はいても、彼らにその力を発揮する場を与えることが組織として出来ない場合も多い。結果、どうなるか。早い段階からマネジメントやトップマネジメントに関わることが出来る外資系企業やベンチャー企業などに、優秀な学生が流れるようになるのだ。

すべての分野で優れた力を発揮する夢のような人材もたまに現れる。そういう人材に期待するのはいいけれど、そういう人材は限られていることだろう。それ以外の人材の力を活かし、伸ばす場を与えない。というのは、これは組織設計の失敗と言える。

こうして、組織は成長の機会を失い、ゆっくりと機能不全に陥っていく。

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幸いなことに、個人としては対策をとることが出来る。それは外部のスクールやセミナーを通じて学ぶことであり、自分に適した立場や仕事を与えてくれる会社に転職することであり、起業やヘッドハンティングを通じてトップマネジメントになることだ。

実際には大言壮語を吐くだけで、マネジメントやトップマネジメントの資質がない人も多い。もっとも、そういう人を選別する選考をすればいいだけとも思う。また、プレイヤーとして一流の人はマネジメントやトップマネジメントと同様の待遇が与えられていいと思う。それだけの貢献を組織に対してしているのだから。

それが出来ないのは、経済成長のもと、日本型経営でそれなりの成功を納めた人たちが、現状を変えたくない、変えられない。という状況を招いているという点で、一時の成功がもたらした負の遺産といえるだろう。