6月ぐらいから始めたいプロジェクトが二つあって、ひとつはとあるサービスサイトを立ち上げること。もうひとつは、(こっそり)Barをオープンすることです。

僕は昔からやりたいことがあると、ついつい首を突っ込んでしまうたちなのですが、いま手がけていることも実を結んでない段階なので、時間が捻出できそうかどうか。それに十分なリターンが見込めるかどうかを少しシミュレーションしてみたわけです。

結局のところ、どちらかひとつは出来そうで、どちらかひとつは諦めた方がいい。
出来そうなどちらかひとつも、来期に取り組んだほうがトータル収入は多くなりそう。

そういうつまらない結論に至ったわけですが、こういう妥当な結論を導き出してくれるから、数値計画をつくって事業をシミュレーションしてみることは大好きです。


■シミュレーションと聞いて思い出すのは、名著『社長失格』

社長失格という本があります。ネットベンチャー黎明期にハイパーネットという企業を立ち上げ、一躍時の人となるも、最終的には倒産の憂き目にあった板倉雄一郎という方の顛末記です。(現在は板倉雄一郎事務所を運営されておられます。)

成功談よりも失敗談から学ぶことの方が多いとよく言いますが、本当に多くのことを学べる本です。内情を明かしてくれた板倉さんに感謝したいのですが、今回紹介するのは、失敗する前。板倉さんが後にビジネス賞をそうなめにする「ハイパーネット」のアイディアを思いつき、それを飛行機の中で、具体化・検証するさいの一文です。


ぼくは、さっそく作業に取り掛かった。最初は全体のイメージ作りから始める。縦軸と横軸にそれぞれどんな内容を書くか?シミュレーションの期間はどの程度がいいか?また期間の単位は?さらに計算式を創る場合どれを変数にしてどれを絶対値で入力するか?まるでむかしやっていたゲームソフトのプログラム開発のようだ。(中略)

他にやることのない飛行機の中だけに、ぼくは作業に集中した。事業のシミュレーションは楽しい。自分で書いたプログラムが予定通り動作するかどうかという楽しみに似ている。電話回線数に対応した初期投資額、会員増加のための広告費、また広告費を因数にした会員増加、会員の一日あたりのアクセス時間、またそれを因数にした設備増強のためのコスト、代理店の数、それをもとにした売り上げ予想などなど、とにかくすべてをいったん数字に置き換え、それぞれ関連付けてシミュレーションを行って行く。(中略)

ここでいうシミュレーションというのは、事業の基本的な構造を見るためのものである。事業の構造が儲かる要素をちゃんと含んでいるかどうかということである。

板倉氏の興奮がこちらまで伝わってくるようです。
短い一文ですが、この中に事業の数値計画(シミュレーション)の重要性に関して多くのことを学び取ることが出来ます。


■事業の数値計画を作る際に抑えておくべき7つの視点


1)一番難しい売上予測は、実績があれば凄く簡単

数値計画をつくる上で、一番難しいのが売上予測を立てることです。ただ、これは過去の実績や同業他社の事例があれば、かなり楽になります。まったくのゼロから始める場合以外は、自社や同業他社の過去のデータを手にいれることが出来れば随分計画を作るのが楽になります。

もちろん、一番いいのは内情がよくわかっている自社のデータです。他社のデータは手に入れられる数字が一部の上に、その会社の内部を覗かなければわからない儲けの秘密が数多く存在すると考えられるので、予測を随分慎重に行う必要が出てきます。


2)はじめての事業の場合は、シナリオを2種類つくる

たとえば新規事業に取り組む場合や起業するとき。信頼できる同業他社のデータが入手出来ない場合などは、売上を予測するしかありません。この場合、通常のシナリオとワーストシナリオと2パターンつくっておくと安心です。(最高にうまく行った場合を考えてベストシナリオを作っておくケースもあります。投資や資金繰りのことを考えると3パターン考えておいてもいいかもしれません。)

しっかりとした予測を立てたとしても、ワーストシナリオに近いケースに陥ってしまうことはよくあります。だからこそ、ワーストシナリオでも立て直すに十分な期間、資金が持つように事前にファイナンスしておくことが重要になります。


3)売上の構成要素を複数に分解して、試算する

例えば飲食店であれば、売上を客数×客単価に分解することが出来ます。客数が少ないか、客単価が少ないかで問題の要因と対策が異なるケースが多いです。(もちろん、店舗のイメージと客のターゲティングが違う場合など、複数の要素に絡んだ問題もあるのですが。)

社長失格では、広告費/会員数/一人当たりアクセス時間/代理店の数が売上の因子として提示されていました。BtoBの営業であれば、営業担当者の数/サービス単価/引き合い数/契約率といった要素が売上の因子としてカウントできると思います。全ての売上は複数の因子に分解することができます。

売上を構成する要素を分解してシミュレートすることで、予測の精度も高まりますし、計画との差異が生じたときに、対策を打ちやすくなります。


4)コストの見積は正確に出来る

売上と違ってシミュレーションしやすいのがコスト。ワーストシナリオでもやっていけるだけのコスト構造をつくっておくと、余裕をもって勝負することが出来ると思います。一方、「一気に投資をしてスピーディーに事業を立ち上げねばダメだ!」という方もいらっしゃるでしょうし、孫さんなんかはそうやって成功してこられた方だと思います。力に自身があれば、それもありだと思いますが、リスクは確実に増すことになるので、それを理解する必要はあります。


5)因子を動かして、妥当性をチェックする

Excelなどで表を作ったあと、何かしっくりこない。あるいは楽観的過ぎる。と感じた場合は売上を構成するいくつかの因子をいじる必要があります。時には業界の標準的な数値(広告費に対して、会員数や顧客が何人増えるかなど)に関して、改めて突っ込んで調べる必要が出てくるかもしれません。それによって予測の精度は高まり、失敗の確率は低くなります。


6)シミュレーションは、失敗を防ぐためにある

板倉氏はシミュレーションを「儲かる構造を保有しているかどうか見る」ためにやる。と書いています。言い換えると、失敗を事前に防ぐために行う。といってもいいかもしれません。ダメな事業計画、シミュレーションは儲かる前提で書かれていて、数字が後付けのケースが多いです。(資金繰りのためなどに必要な場合もあるのかもしれませんが。)

それは本来の数値計画の目的に反しているような気がするのです。数値計画は、今の計画が妥当かどうか。投資に対して十分なリターンが見込めるかどうか、実際に取り組む前に頭と手を使って検証するためにあるのだと思います。

儲かる構造をもっていない場合(例えば、売上が増加するペース以上に労力やリスクが高まる事業など)であれば、どれだけ頑張っても状況を好転させるのは難しいと思います。そういう状態に陥ることを防ぐために事業シミュレーションがあるのだと言えます。


7)事業の状況に合わせて計画を修正する

事業が進むにつれて、計画を修正する必要があります。どれだけ慎重にシミュレーションしても、当初描いていた計画とはどこか異なる部分が出てくるものですから、プランを素早く修正する必要が出てきます。特に売上計画などは1ヶ月でも2ヶ月でも、実績が見えてきたら、更に高い精度で立てやすくなります。

売上が順調に伸びていれば追加の投資を検討しなければならないでしょうし、事業がうまく行っていない場合は、早急に対策を考える必要が出てきます。


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以上の要素を抑えた上で、計画を月単位及び数年単位に分割するのが事業シミュレーションの基本になると思います。実績記入欄を設けておくと、そのまま経営管理指標として利用することが可能になります。

僕は事業計画を立てるときに、最初に入った会社では、「一度立てた目標は絶対に達成しなさい」という指示を受け、転職後の会社では、「状況に応じて柔軟に計画と目標を修正しなさい。」という指示を受けました。

当時はまったく異なる指示を受けて混乱し、特に転職後の会社では衝突もしましたけれど、今では両者の言っていたことはそんなに違わないのだな。と思うようになりました。

  • 事業計画の精度を高め、目標を達成するための準備にしっかり取り組むこと。(無謀な計画や、気合だけで根拠のない計画はたてないこと)
  • それでも実績が計画と異なっていたときに備え、第ニ・第三の挽回策も用意しておくこと
  • 挽回策を実行するためには、時間及び予算に余裕をもっておかなければならないこと

こういった事業シミュレーションの基本的な考え方は、「一度立てた目標を必ず達成すること」という教えとも、「状況に応じて計画と目標を修正すること」という教えとも反しないんですよね。もちろん、その分必死に考える必要はありますが。


大切なことに気付くタイミングは、いつも少しだけ遅いような気がします。
それを時々残念に思います。

僕だけではなく、誰もがそうなのかもしれませんが。



社長失格―ぼくの会社がつぶれた理由社長失格―ぼくの会社がつぶれた理由
著者:板倉 雄一郎
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発売日:1998-11
おすすめ度:4.5
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※非常に参考になります。成功談よりも失敗談から学ぶことの方がやはり多いような気がします。起業する前に一度読んでおくといいかもしれません。


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※事業計画を立てる際にはいろいろと役に立つことが書かれていると思います。流し読みするよりは、今の自分に必要だと思う部分に関して精読する読み方をおすすめします。