今の日本の混迷状況を明治維新に例える人は結構多いような気がするね。
まぁ、ぼくもその例えはあながち間違いじゃないとも思う。

ただ、「龍馬伝」などを見ていると勘違いしそうになるけれど、明治維新は基本的に士族という文武に時間を割くことが出来た特権階級による革命。上士と下士の間に超えられない壁があり、その下に地下浪人がいる。地下浪人は農民以下。という表現が出てくるが、これは逆に考えると、農民や商人よりは身分が上であることが暗黙の了解であるが故に使える表現でもある。

それはともかく、気になるのは当時の身分も力も無い侍たちがどのようにして機会を得、中央に出ていったのか。という点だ。今の政治や経済の混迷状況を横目にみつつ、無力感に悩まされている人もいるだろう。僕たちはその気になれば、(程度の差こそあれ)文武に割く時間はある。しかし、どのようにその文武を活かしていけばいいのか、その道が見えているとは言い難い。僕たちは今まさに、身分も力もない侍のような状況に身をおいているのだ。

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まぁ、歴史の専門家ではないので、大変恐縮ながらドラマをもとに考えさせて頂くと3つほど、成功に向けチャンスを得る方法はあるようだ。

  1. 専門分野で力を磨き、権威となる
  2. 私塾を開き、影響力を得る
  3. 意見書を書き、権威者に目をとめてもらう。

こんなところかな。と思う。
わかりやすいのは専門分野で力を磨き権威となる、だ。
龍馬や桂小五郎などはその典型例と言えるんじゃないだろうか。江戸の名門の剣術道場に留学するっていうのは、今でいう、海外のトップ大学の修士・博士過程に留学するようなものだろうね。剣術道場もそうだったけれど、そこでは兄弟子・弟弟子のような既存の身分を超えたネットワークが形成される。そのネットワークと専門分野での知識は、その後の人生の戦いを随分有利なものにしてくれることだろう。

次に分かりやすいのは、私塾を開き、影響力を得るという方法か。
松下村塾が有名だけれど、剣術道場でも学問の塾でも、何か自信のある分野があれば私塾を開いてしまうんだろうね。江戸の名門で修行したというようなブラン ドは私塾を開くときにおおいに強みになるけれど、なかにはブランドはないけど己の力ひとつで大きくする人もいるんだろうね。武市半平太みたいに。ま、これ は今でいう起業家みたいなものじゃないかなぁ、と思う。

最後が意見書を書き、権威者に目をとめてもらう。だね。吉田東洋も意見書が認められて藩政に登用されたわけだし、その吉田登用が目をつけたのが岩崎弥太郎で、これまた意見書がきっかけだった、と。これは現在の有名ジャーナリストやアルファブロガーがこれにあたるのかな、と思う。

ちなみに官僚になるってことは藩政に仕えるって感じなのかな。


どの道も本気でやらなければ、なかなか難しいと思うけれど、特に最後の意見書を書き、権威者に目をとめてもらう。とかは、勤めながら(明治の時代であれば農作業や商売のの傍ら)、取り組めることだからもっと多くの人がやってみればいいんじゃないかな。まぁ、深く考えず自分が考えていることや成したいこと、集めたい仲間のイメージなんかをブログやTwitterに書き綴ればいいだけです。

毎日1時間程度は絶対に時間取られると思うけれど、おそらくそれに見合ったリターンは得られると思う。最近ネットを通じての仕事や、出会いがやたら増えてきたので、心からそう思うようになった。