「優秀な学生と会えない(採用できない)。」

これは僕が採用のお手伝いをしていたときに良く受けた質問だ。

「最近の学生は○○だ!」(○○にはネガティブワードが入る)


こういった話も、採用活動をしているとたまに聞いた。優秀な人はどこにいるの?と聞かれたときに僕は次のように答えていた。

「優秀の定義にもよりますけど、今も昔もそこら中にたくさんいますよ。」

今、僕は学生の前に出ることがなくなり、ある種の隠遁生活を送っているけれど、それでも優秀だと感じる学生とはブログやTwitterを通じて日常的にコミュニケーションをとっているつもりだ。今でも、紹介しようと思えば、多くの経営者や採用担当者が唸る人材を何人も紹介する自信がある。

もちろん、経営者や採用担当者の中には、学生が優秀すぎて目移りしてしまう。という人もいると思うが、仮に優秀な学生に本当に出会えていないとしたら、何が原因なのだろうか。

僕は3つほど理由があるのではないかと思う。
  1. 優秀な人材と出会う工夫をしていない
  2. 人材の中に眠る才能を見つける努力をしていない
  3. 自分に魅力がなくて相手にされていない
バカヤローな学生としか出会っていないのは、自分がバカヤローだからだ。

学生には「他人のせい(他責)にするのはよくない。自分にできることがないか考えましょう。」という割には、自分に責を求めず、社会や環境といった外部に責を求めている人が多い。

例えば「我が社には魅力がないから学生もこない。」とかね。実はそれは、会社をよくするための働きかけが行えなかった自分の責任なのだ。会社の魅力以外の面で学生を惹きつけることが出きなかった自分の責任なのだ。

良い人がいない。といっているから、良い人と出会えないのだ。
最近の学生は○○だ。というから、学生の持つ魅力に気づかないのだ。

組織に魅力がないというのは、自分に魅力がないといっているのと同じことなのだ

つまりはそういうことなのだと思う。

別にすべて自責で考えるべき、なんていうつもりはないけれど、いい大人が最近の若者は。。とそこかしこで嘆いているのは、自分に魅力がないことをいっているようなもので、少しみっともないと思う。

僕だったら、まず自分を磨き、組織が求める優秀な人が自然と振り向くような努力をする。
その次は、親しくなった学生から、さらに優秀な人を紹介してもらう。
優秀ではあるけれど、今の組織には合わないという人には組織に合う友達を紹介してもらうか、インターンで働いてもらう機会を提供する。一時的な関係ではなく、長期的に高めあえる関係を築けるよう、敬意を払い、友人として付き合う。時間をかける。
属する組織をより魅力的なものにするため、力を尽くす。

人材を集めた歴史上の人物は例外なくこのような活動をしてきたのだ。


割と簡単なことのように思うが、違うだろうか。

ホリエモンが新卒と中途をわける意味がわからない。と常々言っているけれど、当時のライブドアは完全に実力で採用の有無を決めていたし、黙っていても良い人が集まってきただろうから、そりゃそうだろうな。と思う。


皆で魅力的になろう。