実は今日はあんまり執筆していない。
昨日、村上春樹の東京奇譚集を読了した。春樹の短編は2万字程度。文庫本にしたら40ページぐらいだ。

春樹の本って、なんであんなに読んでいるだけで気持ちがいいんだろうな。面白いストーリーを書く作家はたくさんいて、それぞれに尊敬するけれど、文章読むだけで心地いい。ってのはひとつの才能だ。小説と言うよりも詩なのか。音楽なのか。

プロの作家になると、2万字ぐらいであれば1日で書き上げるのだろう。
僕も企業向けのレポートを書いている時は1万字ぐらいであれば、1日で書き上げていた。
もちろん、提案のプロットなり、シナリオなり、ロジックなりが見えている状態で。だが。

小説家も、話の筋書きが見えた状態であれば、1日で短編を書き上げてしまうのだろう。
ちょっとだけ、そこをめざしたい。土日は休むとしても、200本の短編を書き上げた1年。とか、そういう時期がが必要な気がする。とにかくたくさん、作品を作る時期を持ちたい。

小室哲哉の復活ライブは一気に50本の新曲を発表するそうだ。

ビジネスの世界でも言われているように、量をこなすことで質がついてくる。
っていう事例もありそう。

書かなきゃ。とは思うけれど、時間があることでいろいろな幸せに気付くことも出来た。
例えば、畑を耕しているとき。
田舎といえど、そんなに鳥が飛び回っているわけじゃない。

でも、土を耕しはじめて1時間ほどたつと、掘り返されたところにいる小さな虫やミミズを目当てに、鳥が畑に集まってくる。小さな虫をついばむために、畑の中を歩き始める。気づけば100羽を超える小鳥たちがそんなに広くもない畑の中を歩き回っている。

仏陀はその身を小鳥が宿り木として利用したという。ふと、そういう仏陀の気持ちになる。
人間は自然の一部であると感じる。
きっともともとはそうだった。

しかし多くの人は、それを拒否し、あるいは知ろうとせず、日々を生きる。

僕は、晴れた日に畑を耕し、波が穏やかな日に漁に出かけ、
山に登り、海に潜り、
友達と語り、酒を飲み、
女性を愛し、スポーツに涙し、
ゲームに知恵を絞り、食器を洗い、
ドラマに涙し、夢を楽しむ。

今、僕はそういう人生の素晴らしさを味わいつくそうとしている。
誰かとこの喜びを同じくできたらいいのだが。

あるいは言葉を介して読者と交わるか。